のっぷぴ母日記
んがおRと3匹の猫の日常をつづります。
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滝の情報大歓迎です。
昨日の雨飾山
昨日は雨飾山に新潟県側からのぼりまして。
予想はしていたんですが、ものすごい残雪でした。
予想していたわりに軽アイゼンの用意がなくて、急斜面の雪の上を登るのに難儀しました。
雪がなくても罰ゲーム的過酷な登りの中の池から上の斜面が全部雪。
なんとか登れたけどさ。帰りがね。
も、転ぶ、転んで滑り落ちる。しまいに初めから尻で滑る、尻びしょびしょ、という目にあいましたよ。怪我や滑落がないだけマシでした。
それでも、お目当てだった花はほぼオールキャストで咲いていてくれて、本当に豊かな山だと痛感しました。
その雪原と化していた谷にキヌガサソウが咲いていたんですが、さすがに今年は見られないかと思いきや、雪原をクリアしたらちゃんと咲いていてくれたのには、泣きそうになりましたよ。
おととし登った時よりもやや早い時期だったので、山頂付近のハクサンイチゲも咲いていたし。
苦労して登った甲斐がありました。
そんなこんなで、午後5時に自動車に戻ったら、ちょうど雨飾山荘の人が軽トラで出てこられて、お風呂入れますかと聞いたら、今閉めたところなんですが、汗流したいですよね、と言ってくださって、また戻って鍵をあけてくれました。
いや~、汗と雪でドロドロだったので、本当に本当に感謝してもしきれませんでした。
おかげでさっぱりとして帰ることができましたよ。
雨飾山荘の方、そのうちちゃんと温泉堪能しに行きます。
下は昨日のキヌガサソウと雪の斜面。いやはや、過酷でした。
今週ののっぷぴ

棚に設置した猫用の籠。ここのクッションが白猫の毛まみれで、どうしても取れません。
で、今日新しいのにしてあげたら、さっそく寝ている八ちゃんです。
予想はしていたんですが、ものすごい残雪でした。
予想していたわりに軽アイゼンの用意がなくて、急斜面の雪の上を登るのに難儀しました。
雪がなくても罰ゲーム的過酷な登りの中の池から上の斜面が全部雪。
なんとか登れたけどさ。帰りがね。
も、転ぶ、転んで滑り落ちる。しまいに初めから尻で滑る、尻びしょびしょ、という目にあいましたよ。怪我や滑落がないだけマシでした。
それでも、お目当てだった花はほぼオールキャストで咲いていてくれて、本当に豊かな山だと痛感しました。
その雪原と化していた谷にキヌガサソウが咲いていたんですが、さすがに今年は見られないかと思いきや、雪原をクリアしたらちゃんと咲いていてくれたのには、泣きそうになりましたよ。
おととし登った時よりもやや早い時期だったので、山頂付近のハクサンイチゲも咲いていたし。
苦労して登った甲斐がありました。
そんなこんなで、午後5時に自動車に戻ったら、ちょうど雨飾山荘の人が軽トラで出てこられて、お風呂入れますかと聞いたら、今閉めたところなんですが、汗流したいですよね、と言ってくださって、また戻って鍵をあけてくれました。
いや~、汗と雪でドロドロだったので、本当に本当に感謝してもしきれませんでした。
おかげでさっぱりとして帰ることができましたよ。
雨飾山荘の方、そのうちちゃんと温泉堪能しに行きます。
下は昨日のキヌガサソウと雪の斜面。いやはや、過酷でした。
今週ののっぷぴ
棚に設置した猫用の籠。ここのクッションが白猫の毛まみれで、どうしても取れません。
で、今日新しいのにしてあげたら、さっそく寝ている八ちゃんです。
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繋がらねぇ~っ。
今日はネットの調子がものすごく悪いです。
私は元気で、やることもいっぱいあるんですが、ネットが停滞していて、イライラしてます。
も、寝ます。
明後日は雨飾山に登るよん。
私は元気で、やることもいっぱいあるんですが、ネットが停滞していて、イライラしてます。
も、寝ます。
明後日は雨飾山に登るよん。
きょうでとりあえず
きゃこちゃんについての記事は、今日でとりあえず終わろうかと思います。
一週間はお水とごはんをあげて、来月末まではまだ家の中で走り回っていると思っていて。
そして、8月には先住猫たちのいる場所に行ってしまうと思います。
で、下の写真が亡くなる前日の高濃度酸素室のきゃこちゃん。
さすがに発作のあとなので、ちょっと鼻の下あたりに鼻血が固まったりしているけど、こっち向いてくれていないけど、私が見た感じではとても元気でしっかりと意識もあったのよ。
この数時間後には意識もなくなってしまったんだな、と思うと・・・
面会に行って、このまま介護が長くなるのを決意するくらいの元気さにむしろ安心させてもらって。
本当にいい子です。
家で看取ることができなかったけれど、苦しいまま死なせてしまうよりは、呼吸しやすい場所で、安らかに逝けたと思えるほうが気持ちが楽です。
そして、きゃこちゃんの訃報を受け取った直後に見たお花畑です。
いつでも夢に出てきてね。
一週間はお水とごはんをあげて、来月末まではまだ家の中で走り回っていると思っていて。
そして、8月には先住猫たちのいる場所に行ってしまうと思います。
で、下の写真が亡くなる前日の高濃度酸素室のきゃこちゃん。
さすがに発作のあとなので、ちょっと鼻の下あたりに鼻血が固まったりしているけど、こっち向いてくれていないけど、私が見た感じではとても元気でしっかりと意識もあったのよ。
この数時間後には意識もなくなってしまったんだな、と思うと・・・
面会に行って、このまま介護が長くなるのを決意するくらいの元気さにむしろ安心させてもらって。
本当にいい子です。
家で看取ることができなかったけれど、苦しいまま死なせてしまうよりは、呼吸しやすい場所で、安らかに逝けたと思えるほうが気持ちが楽です。
そして、きゃこちゃんの訃報を受け取った直後に見たお花畑です。
いつでも夢に出てきてね。
どうやって乗り越えたかしらね。
きゃこちゃん、まだそのへんをウロウロしているらしいのですが。
さて、みゆきちゃんが亡くなって、6年ほどたっているので、なんだか愛しいものの死をどうやって乗り越えたか忘れています。
ってか、みゆきちゃんは、そもそも宇宙猫だったので(笑)愛しいという感情の外側にいた子でして、乗り越えるということも、別問題だった気がします。
その前のムチャは、もう、溺愛していた子だったので、完全に記憶を抹消してしまっています。
猫のHPを作っていたのですが、ムチャの死の記述はついにできないままで、それ以降とん挫してしまっています。
向き合わずに、忘れることで先に進んだ気がします。
さてさて、きゃこちゃん。
彼女は本当に癒し系の猫でして。
かわいい娘、というよりは、仲のいい後輩友達みたいな感じでした。
本当は朋子という名前で、とんちゃん、と呼ぶつもりだったのに、自分から「私の名前はきゃらこです」と名乗り、それ以来きゃこちゃんきゃこちゃんと呼んでいました。
子がつくので、こん、とか、こん猫、とかとも呼んでいました。
さらには、でし、とも呼んでいました。
なぜ「でし」というのかと言うと、彼女は「おかさん、きゃこは寒いでし」とか「おとさん、撫でてほしいでし」とか、そんな話し方をするようなキャラクターだったんです。
彼女がいなくなることで、我が家の猫たちの関係も、さらには私と猫たちの関係も微妙に変わることと思います。
ひたすら寂しいのは、今までは誰かが去れば、少したったら新しい命を迎え入れたんですが、もう我々夫婦には20年以上の命を預かる時間が残されていないので、それができないこと。
つまり、我が家の猫たちは、あとは少なくなる一方だということです。
仕方のないことですが、新しい命との出会いが乗り越えるきっかけだったかもしれないと思うと、ちょっとだけ気持ちが重いです。
うむ、きっとロボットのいいやつが出るわよ。
老人に寄り添ってくれるやつがね。
しくしく。
さて、みゆきちゃんが亡くなって、6年ほどたっているので、なんだか愛しいものの死をどうやって乗り越えたか忘れています。
ってか、みゆきちゃんは、そもそも宇宙猫だったので(笑)愛しいという感情の外側にいた子でして、乗り越えるということも、別問題だった気がします。
その前のムチャは、もう、溺愛していた子だったので、完全に記憶を抹消してしまっています。
猫のHPを作っていたのですが、ムチャの死の記述はついにできないままで、それ以降とん挫してしまっています。
向き合わずに、忘れることで先に進んだ気がします。
さてさて、きゃこちゃん。
彼女は本当に癒し系の猫でして。
かわいい娘、というよりは、仲のいい後輩友達みたいな感じでした。
本当は朋子という名前で、とんちゃん、と呼ぶつもりだったのに、自分から「私の名前はきゃらこです」と名乗り、それ以来きゃこちゃんきゃこちゃんと呼んでいました。
子がつくので、こん、とか、こん猫、とかとも呼んでいました。
さらには、でし、とも呼んでいました。
なぜ「でし」というのかと言うと、彼女は「おかさん、きゃこは寒いでし」とか「おとさん、撫でてほしいでし」とか、そんな話し方をするようなキャラクターだったんです。
彼女がいなくなることで、我が家の猫たちの関係も、さらには私と猫たちの関係も微妙に変わることと思います。
ひたすら寂しいのは、今までは誰かが去れば、少したったら新しい命を迎え入れたんですが、もう我々夫婦には20年以上の命を預かる時間が残されていないので、それができないこと。
つまり、我が家の猫たちは、あとは少なくなる一方だということです。
仕方のないことですが、新しい命との出会いが乗り越えるきっかけだったかもしれないと思うと、ちょっとだけ気持ちが重いです。
うむ、きっとロボットのいいやつが出るわよ。
老人に寄り添ってくれるやつがね。
しくしく。
放す、ということ。
きゃこちゃん。
今までの子たちとは違う施設でお骨にしてもらいました。
病院が今までのところと取引しなくなったそうで。
でも、家から近い所にあったので、今日の午前中にダンナに連れてってもらい、仕事が終わってから私が引き取りに行きました。
この施設の人がお坊さんではないとは思うけど、色々と教えてくれまして。
まず、今までなかったことなんですが、お骨を見せてくださって、ちゃんと喉仏があると取り出して説明してくれました。ホントーに人間と同じようにあるのよ。びっくりしました。
で、猫でも四十九日は魂が世の中に残っていて、家に戻ってお母さんを待ってますよ、とのこと。
半分透明の自分を自覚していて、ものすごく元気になったのに、壁すり抜けるし、誰にも見えてないし、おかしいな、と思っているとか。
なので、飼い主はそのへんにいると思って声をかけたりしてください。
数日はとても暑い火の中にいたので冷たい水、氷をうかべて量も多めにそなえてあげてください。
ごはんも、ニオイがおいしそうなものをあげてください。
今まで健康を思って、欲しがってもあげられなかったものをあげてもいいですよ。ニオイだけわかっているだけなので。
と、まあ、本当にありそうなことをずっと親身になって話してくれました。
猫に四十九日ってば、と思いましたが、そのへんにウロウロしているというのは、なんか嬉しいです。今までの子たちにはやっていなかったけど、冷たい水もあげましたよ。
少なくとも四十九日は私のもとにいなさい、と思います。
それにつけても、発病から1週間で逝ってしまって、あまりにあっけなさすぎます。
金曜の急変の時には、こんな死なせ方してはいけない、と本当にショックでしたが、昨日のあの穏やかな死に顔を見て、天寿を全うしたのだな、と感じています。
ところで、今までの子たちは亡くなったことをかなり長いこと同僚なんかには言わないでいたのです。死んでしまったなんて、気分が暗くなる話題は出さないほうがいいだろう、と思っていたので。
でも、今回は、ちょうど訃報が入ったのが、友人と散策している時だったので、真っ先に聞いてもらい、そして今日も同僚に前から病院に通わないとならないと言っていたので、亡くなったんだよ、と話しました。
人に話せば話すほど、気持ちから楽になりました。
そうか、話すというのは、放す、ということか。
抱え込まずに、悲しみや苦しさを解放すことなのか。
話しを聞いた人は、少しだけこちらの悲しみに寄り添ってくれますが、こちらが思っているほど暗い気持ちにもならないようです。
話す、というのは、大切な行為だな、と実感した昨今であります。
今までの子たちとは違う施設でお骨にしてもらいました。
病院が今までのところと取引しなくなったそうで。
でも、家から近い所にあったので、今日の午前中にダンナに連れてってもらい、仕事が終わってから私が引き取りに行きました。
この施設の人がお坊さんではないとは思うけど、色々と教えてくれまして。
まず、今までなかったことなんですが、お骨を見せてくださって、ちゃんと喉仏があると取り出して説明してくれました。ホントーに人間と同じようにあるのよ。びっくりしました。
で、猫でも四十九日は魂が世の中に残っていて、家に戻ってお母さんを待ってますよ、とのこと。
半分透明の自分を自覚していて、ものすごく元気になったのに、壁すり抜けるし、誰にも見えてないし、おかしいな、と思っているとか。
なので、飼い主はそのへんにいると思って声をかけたりしてください。
数日はとても暑い火の中にいたので冷たい水、氷をうかべて量も多めにそなえてあげてください。
ごはんも、ニオイがおいしそうなものをあげてください。
今まで健康を思って、欲しがってもあげられなかったものをあげてもいいですよ。ニオイだけわかっているだけなので。
と、まあ、本当にありそうなことをずっと親身になって話してくれました。
猫に四十九日ってば、と思いましたが、そのへんにウロウロしているというのは、なんか嬉しいです。今までの子たちにはやっていなかったけど、冷たい水もあげましたよ。
少なくとも四十九日は私のもとにいなさい、と思います。
それにつけても、発病から1週間で逝ってしまって、あまりにあっけなさすぎます。
金曜の急変の時には、こんな死なせ方してはいけない、と本当にショックでしたが、昨日のあの穏やかな死に顔を見て、天寿を全うしたのだな、と感じています。
ところで、今までの子たちは亡くなったことをかなり長いこと同僚なんかには言わないでいたのです。死んでしまったなんて、気分が暗くなる話題は出さないほうがいいだろう、と思っていたので。
でも、今回は、ちょうど訃報が入ったのが、友人と散策している時だったので、真っ先に聞いてもらい、そして今日も同僚に前から病院に通わないとならないと言っていたので、亡くなったんだよ、と話しました。
人に話せば話すほど、気持ちから楽になりました。
そうか、話すというのは、放す、ということか。
抱え込まずに、悲しみや苦しさを解放すことなのか。
話しを聞いた人は、少しだけこちらの悲しみに寄り添ってくれますが、こちらが思っているほど暗い気持ちにもならないようです。
話す、というのは、大切な行為だな、と実感した昨今であります。